味覚センシングの分子・細胞・神経回路メカニズム

 味覚は舌表面に存在する「味蕾」とよばれる化学センサーを介して生じる感覚で、食べ物に含まれる化学物質によって引き起こされます。味には甘味、うま味、苦味、塩味、酸味の5つの基本味の存在が知られ、味蕾を構成する味細胞がこれらの味を感知します。ヒトを含む動物は味覚を通じて食べ物の中の栄養素や体の害になる物質の存在を知ります。このように味覚は生存に必須の感覚であるとともに、おいしさなど情動にも訴えかけます。そのため飽食の現代においては、おいしいものを食べ過ぎる、すなわち過栄養による生活習慣病の蔓延が世界的な問題となっています。また近年、全身に存在する味細胞に似た細胞が生体防御、代謝調節など様々な全身機能を発揮していることが明らかとなりつつあります。このように現在、味覚を理解し制御することの医学的重要性はこれまでにない高まりを見せています。

 これまでの研究により味蕾における基本味センシングの細胞分子機構の多くが明らかになってきました。しかし、他の味に比べて複雑に成り立っている塩味受容の全貌はまだ十分に理解されておらず、また近年味細胞に対する新しいリガンドの存在が示唆されています。当研究室では、味蕾における化学センシングの全体像の理解に向けて、味細胞活動計測(パッチクランプ/細胞活動イメージング)、味細胞活動操作(オプトジェネティクス)、シングルセル解析、味覚行動解析、および新しい技術開発を通じて研究を行っています。これまでに、味覚情報を舌(味細胞)から脳(求心性神経)へ伝える神経伝達の分子機構(Nature 2013, Neuron 2018, Sci Adv 2020)や塩味の主たる受容経路を担うナトリウム塩味細胞とその細胞内分子機構(Neuron 2020)を解明してきました。(味覚神経伝達については後述、塩味研究について詳しくはこちら

  また、舌から受け取った神経入力から脳で特定の味を表象する神経回路機構、および生理条件、環境、経験などに応じて味覚に対して生じる情動が変容する神経回路機構についてはその多くが謎のままです。当研究室では、末梢と中枢を繋ぐ味覚の操作・計測技術の開発など感覚器と脳、多感覚の連携をシームレスに研究できる態勢を整えており、ダイナミックな味覚体験の背景にある神経回路の解明に向けた研究を行っています。

 
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Taruno et al. Pflugers Arch. 473; 3-13, 2021より一部改変して引用

チャネルシナプス研究の拡大、深化、そして応用へ

 神経機能を支える神経細胞間の情報連絡のしくみには、シナプス小胞の開口分泌による化学シナプスとギャップ結合による電気シナプスの2つが広く知られます。一方、シナプス小胞を持たない味細胞が味神経へATPを伝達物質とする化学神経伝達を行うことが知られていましたが、その分子機構は長らく謎でした。

 

電位依存性ATPチャネルCALHM1/3とチャネルシナプスの発見 

 2008年、アルツハイマー病関連遺伝子として電位依存性チャネルCalcium homeostasis modulator 1 (CALHM1)が発見されました。我々は、CALHM1が大きなATP分子 を透過すること(Nature 2013)、さらにCALHM3がCALHM1と共に速い活性化を示すATPチャネル複合体CALHM1/3を形成することを発見しました(Neuron 2018)。マウスにおいて、味蕾でCALHM1とCALHM3は共発現しており、Calhm1Calhm3の欠損により味細胞からのATP放出、および酸味以外の全ての味の認識が消失していました(Nature 2013, Neuron 2018/2020)。こうして、CALHM1/3が味細胞からの神経伝達物質ATPの放出経路であることが実証されました。シナプス小胞ではなくイオンチャネルを介して伝達物質の放出を行うこの全く新しいシナプス様式について、我々は、従来の小胞性シナプスに対して「チャネルシナプス」と命名しました(Pflugers Arch, 2021)。

 

CALHMチャネルの構造

 我々は共同研究によりメダカCALHM1の立体構造を明らかにしました(Sci Adv 2020)。4回膜貫通タンパクであるメダカCALHM1は8量体を形成し、イオン透過ポア領域は電気的に中性であり、もっとも狭い部分の直径は15.7ÅとATP(約12Å)よりも大きいことがわかりました。このポアのサイズと性質がATPの透過性の分子基盤となっています。今後、チャネルシナプスにおける神経伝達物質放出チャネルであるCALHM1/3の構造決定が待たれます。

 

チャネルシナプスの構造

 また我々は超解像顕微鏡による観察により、チャネルシナプスにおいてミトコンドリア・CALHM1/3・味神経が特殊な空間配置を示すことを明らかにしました(Sci Rep 2019)。味神経が接する味細胞膜領域にCALHM1/3が局在し、さらにこの膜領域の内側にミトコンドリアが密接しています。このミトコンドリアがATPの安定供給を担うことで安定したシナプス機能を支えていると考えられます。

 

 当研究室では独自開発した研究技術・リソースを用いて、類例のないチャネルシナプスについてその全身における普遍的重要性、動作と形成の分子機構を明らかにする基礎研究、およびその機能制御技術の開発研究を行っています。 

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樽野陽幸 Clinical Neuroscience 39(2); 159-162, 2021より一部改変して引用